SPECIAL TALK @tableが考える食の未来

⽣産者と⽣活者をつなぐ場創り 6

2024.04.12

常識を疑い、リソースを活かし、業界再編を勝ち抜く。【後半】

食のインフラというポジションに立って以降、大きな改革が行われてこなかったと言われるスーパーマーケット。コンビニや外食など他業態との競争が激しくなる中、商品・資材に加え、人件費や電気代などの基礎コストが高騰し、このままでは事業の継続は厳しいとの声も聞かれます。しかし、地域に根ざした食文化を守り、挑戦を繰り返し、売上を大きく伸ばしているスーパーマーケットがあることも事実です。
アットテーブルは食のマーケティング支援会社として、食品小売業が抱えている課題について解決の糸口となる取り組みをしている企業や識者の方々と対談を重ね、業界全体の再活性化のヒントを探っていきます。

辻 隆元(つじ・りゅうげん)

株式会社いちやまマート 取締役 社長室 室長

1975年、京都市生まれ
大学卒業後、大手コンサルティング会社に入社。約30事業のフランチャイズビジネスの事業展開およびビジネスモデルの開発を行う。展開した事業の総店舗数は6000店舗を超える。
2010年、同社子会社をMBOし、取締役副社長に就任。投資による節税メリットと事業運営による収益化を両立させた投資型レンタル事業という唯一無二のビジネスモデルを開発。
2020年、株式会社いちやまマート入社。取締役就任。現在に至る。

上田 健司(うえだ・けんじ)

株式会社 アットテーブル 代表取締役社長

1993年DNP入社、商業印刷の営業に従事。新規得意先開拓を得意とし、食品小売および食品メーカー、CVSなど独自の戦略で数多く開拓。2004年にDNPの社内起業制度にて株式会社アットテーブルを一人で創業。独自の食卓分析やトレンド情報分析とクライアントPOS分析等を比較融合した独自のMD計画作成支援を発案。日本全国の大手食品小売や食品メーカー、宅配関係.および各種商業施設の戦略コンサルティングやMD支援を手掛ける。2014年よりMDを核にしたブランディング支援として、戦略立案から計画立案および一貫したプロモーション提案を行う「ブランディングMD」を推進。2015年度より食に関わる社会課題の解決に取り組み、勉強会やセミナー、それらのFSの場として市谷に@MARCHEを出店、現在に至る。

日本スーパーマーケット協会 次世代販促セミナー、同協会アニュアルセミナー、ダイヤモンドセミナー、コーネルJAPAN、リテールテックJAPANなど講演多数。

200名以上への手書きコメントこそが“効率的”

山梨県のスーパーマーケット「いちやまマート」を運営する株式会社いちやまマート辻取締役を招いての対談、後半をお送りします。
辻取締役は、外食営業、コンサルティングを経て食品小売へと転身した経歴を持ち、スーパーマーケット業界にはない発想からさまざまな改革を成し遂げられてきました。後半でも引き続き、辻取締役と「いちやまマート」が取り組んでこられた事例、その背景と成果について伺い、食品小売業界の展望について考えていきます。

上田 辻さんは現在200名以上のスタッフさんと毎月「チャレンジシート」というレポートをやりとりしていると聞きました。これも、現場の意識を変えるための教育の一環なのでしょうか?

私は数年前に「いちやまマート」に来たので、正直なところ最初はスタッフの顔と名前が一致せず、どのような仕事の仕方をする社員なのか?もわかりませんでした。それに加えて、「商品が売れる」のではなく「お客様が買ってくれる」への意識転換、マーケティング思考の定着には、定期的に、粘り強く伝え続けることが不可欠だと感じたからです。

上田 当社でも現在、小売業界の方向けにマーケティング思考を取り入れてもらうための勉強会やセミナーを行っていますが、インフラ産業から価値産業へと変わっていく中で一番伝えたいのは「人が大事」ということなんですよね。日々の業務の中で改善点を出すとか、お客様の立場になって考えるとか。これからの小売業にとって最大のリソースは「人」なわけですから、「人」のスキルを伸ばすところに力を入れていっていただきたいと思っています。そんな中で辻さんが200名以上の「チャレンジシート」に目を通して手書きでコメントを添えていると聞いて、そういう姿勢こそが小売業界に必要だと強く感じました。

「チャレンジシート」をすべて読んでいますよという証明のために手書きでコメントを書くわけですが、「何度も何度も同じことを言っているわ」と思っているスタッフもいると思います。でも、「何度も同じことを言われている」ということを知ってもらうには、この方法が有効だと考えています。モノの見方が変わって、その目で売り場を見て、認識が変わって、発想の転換が常態化していく。挑戦してみて効果が感じられたら、その挑戦を継続するようになる。このPDCAが定着することを期待しています。

上田 仕事ぶりを見られているということに対して、嫌な人もいるでしょうが、「ちゃんと見てもらっている」「関心を持っている人がいる」というのは大きいですよね。互いのことを知らないと、何かを言った時にも受け止め方が変わりますから。

この「チャレンジシート」は、私と対象のスタッフだけでなく、実は店長や本部のSVやトレーナーも関わっていて、全員が一言ずつコメントを書くようにしているんです。フィードバックも店長からしてもらっています。毎月読んでいるので、その人の働き方が変わったり、成長が見られたりすると、とても嬉しくなります。そうすると、私自身も働いてくれている方にさらに関心を持ちますし、社員としては、店長・SV・トレーナーなど、みんなに関心を持って仕事を見てもらっていることを感じ、もっと頑張ろうという気持ちにもなると思います。こういう効果を望む上でも、このレポートが一番効率的だなと感じています。

上田 スタッフさんが多くて大変だとは思いますが、時給や残業時間といった部分がフォーカスされる中、「人」が財産であることをしっかりと認識し、その方達のやる気が出るように、スキルを発揮できるようにしていくというのは、辻さんらしいというか、「いちやまマート」らしいですね。昔の食品小売には、社長さんが売り場の従業員を把握していて、「これは●●さんに聞いたらいいよ」「●●さんは詳しいから」と激励するようなシーンがありましたが、ここ数十年は効率化の名のもとに、そういった概念が薄れてきていました。辻さんは手書きレポートこそが効率的だと断言される。ぜひ辻さんのところでレポートのような素晴らしい事例をもっと残していただいて、私はそれを全国の会社さんに発信していければと強く思いました。

まずは“内向き”のコミュニケーション改善から

上田 外食と食品小売の違いはさまざまあると思いますが、辻さんが感じる小売の面白さは何でしょうか?

ダイレクトにお客様の声が聞こえることですね。お褒めの言葉も、改善のご要望も、直接伺えます。外食は来店頻度が低いため、お客様自身も良かったこと悪かったことを忘れやすくなります。その点、スーパーマーケットは多くて毎日、少なくとも週に1〜2回は来店されます。人というのは、やはり誰かに喜びを感じてもらうと嬉しくなるもの。働く喜びを感じるスパンが短いというのは、食品小売の長所だと感じています。

上田 私も小売業界の方々から「すぐに結果が出て自分の成果がわかるところが面白い」というお声をよく聞きます。お客様とのコミュニケーションは、モチベーションに繋がるわけですね。

とはいえ、実はスーパーマーケットで働く方の中には、コミュニケーションが苦手という方が比較的多いと感じています。アンケートをとったわけではなく、あくまでも主観の話ですが、同じ食に携わる仕事でも、コミュニケーションが好きな人は外食に行く傾向が強いと思っています。消費者と直接話すのが苦手な人ほど、スーパーマーケットやメーカーに行くのではないかと。

上田 御社でも、コミュニケーションが苦手な方が多いのでしょうか?

コミュニケーションにも内向き、外向きがあると思いますが、当社で今力を入れているのは、内向きのコミュニケーション改善です。以前ひとつの目標を立てて全社で動こうとした時、なぜかうまくいかず、その原因を考えた時に「コミュニケーションが足りていない」と思い至ったのです。そこから外部の講師を呼び、今年はパートで主力になっている方にも参加していただいて、コミュニケーション研修を行っています。

上田 内部でのコミュニケーションの強化を図っているのですね。特に部門を超えた仕事のリレーションには、齟齬が発生しやすい印象があります。昨今はハラスメント問題もありますね。

その通りで、根本的にコミュニケーションが少ないからハラスメントになりやすいと考えています。明らかなパワハラや嫌がらせはもってのほかですが、ある程度の人間関係、信頼関係があれば、その人や現場のためを思って行う指導や注意がハラスメントとして認識されることは少ないと思うのです。

上田 スーパーマーケットのコミュニケーションというと、開店時に大きな声であいさつするシーンなんかが知られていますが、確かに接客といってもほぼセルフサービスの業態なので、第一に重視すべきコミュニケーションは内部ということですね。

コミュニケーションの大切さを認識していないと、改善しようという意識も生まれません。そもそも社会に出てコミュニケーションとは何か?と学んだ事がある人はほとんどいないと思います。教わったことのないことを実行することは難しい。だからまず当社では、外部からプロの講師を招いて、研修を通じて学んでいただく機会を設けているというわけです。働くスタッフ皆が同じ方向を目指せれば、売り場にも反映され、結局お客様にも伝わっていくものだと考えています。

食品小売業界の再編をチャンスと捉えられるか

上田 人口減や環境問題など、このままでは立ち行かなくなるという課題が山積する中、業界に対する厳しい声が多く聞かれます。しかし、こうして辻さんとお話ししていると、「小売業はこれからだ」という空気も感じます。冒頭にお話しいただいた参入障壁の話も然り、確かにスーパーマーケットはリソースの塊だということにも改めて気づかせていただきました。今後の食品小売業界について、展望をお話しいただけますか?

業界の再編については、垣根がなくなると考えています。すでにスーパーマーケットとドラッグストアの垣根がなくなると言われていますが、さらに、コンビニ、外食、弁当、宅配といったものをひっくるめて、垣根がなくなっていくと思います。そうした時に、一番アドバンテージがあるのがスーパーマーケットです。

上田 先ほどの、リソースの塊という話と繋がるのですね。

スーパーマーケットは来店頻度が高く、商品をつくる設備があり、仕入れ量も圧倒的に多い。スーパーマーケットが本気になって外食や中食に取り組めば、圧倒的優位性があります。もちろん、メーカーや加工業者、生産者の方々との連携も重要です。生産現場の人不足解消のために、再生産・持続可能な価格で仕入れて販売できるようにするなど、取り組むべき課題はさまざまありますが、当社としてはぜひチャレンジしていきたいと考えています。

上田 食品小売業の立ち位置自体が変わっていく、変えていく、という考えでしょうか。

商品を販売するという立ち位置から、食卓を提供するという存在にしていきたいですね。この先、各家庭で食事をつくる時間がどんどん短くなり、食事は「届けてもらうもの」「準備されているもの」になっていくでしょう。その時に誰が届けるのか、準備するのか。

上田 スーパーマーケットですね。

業界が再編されていくと、まだまだ挑戦できることが増えていくと思います。今までは面のシェアで競っていたスーパーマーケットですが、これからは食卓のシェアにフォーカスしていかなければならないでしょう。

上田 冷凍食品も、惣菜も、新鮮な野菜も一緒に、となると、扱えるのはスーパーマーケットしかないですからね。時代が変化する中で、スーパーマーケットのシェアがとられてきたという見方がありますが、逆に、外に向けたらチャンスが山積みということでもあるわけですね。

本当にたくさんあると思います。詳細は省きますが、当社でも宅配ビジネスや会員制度のアプリ化など、先々の大きな可能性を見通した改革に取り組んでいます。

上田 「いちやまマート」さんは、SNSの活用もお上手ですよね。食品小売では敬遠されがちですが、御社ではユーザーとの情緒的なつながりを築いていらっしゃる。リスクもあると思いますが、どのように管理していますか?

絶対に間違えてはいけない場面だけはトップがチェックしますが、基本的なルールだけ決めて、あとは担当者に任せています。そうすると現場の声が反映されて、意欲的になり、成功事例が他の部門にも広まっていく。自主性を大切にしています。万が一何かトラブルが起きたら、私たちトップが謝る覚悟もできています。

上田 今日はさまざまな取り組みについてお話を伺えて勉強になりました。これからも「いちやまマート」に注目していきたいと思います。ありがとうございました。


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